気 ま ぐ れ 日 記   特別編 part4

salon d'Orange in the states

14〜18,may



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14.may Fri

 早朝8時からプロデューサーやエンジニアを養成するIPR institute of production & recordingという学校を訪問。プリンスと何年もシゴトをしている人なんかが教えている。機材も含めて環境は最高!出来てまだ2年の新しい学校。たぶんニホン人はまだ誰も知らない。お勧めですぞ、ここは。

 授業に潜入して観ていると、凄く綺麗な女の子が54万円も払って生ギターのレコーディングをしてきて先生に嗜められていた。きっと金持ちのお嬢様なんだろうね。生徒は大半はワカモノだけどおじさんなども混ざっている。皆に質問するとやはり音楽プロデューサーを目指しているらしい。

 別のグループは早朝から集まって、皆でレコーディング作業中。今日はヴォーカル・トラックと、ラップのオーヴァ−・ダブをしているけど、最後のフレーズの音程がうまくいかず、何度もやり直し。黒人のラップはヘルプで来ているらしい。ここは朝4時から夜12時までやっていて好きな時間に、空いてる機材を使用して創作できる環境ができてる。その間にプロの講師の講義があったりする。朝の4時というのが凄い。8時にはもう沢山人が居たもんね。

 昼はジムお勧めの中華レストランでランチ。まわりは中国人ばかりで中国に居る様な錯覚を覚える場所だった。五目野菜炒めを食べた。さすがは地元の人気店だけあって安くて旨い。

 帰ってひと休みしてからサリーの家でバーベキュー。彼女はしかしめちゃ面白い。プール付きの家に住んでてプールの脇で、皆で歓談した。僕はフレンチ・ワインとスモークサーモンを食べて夜は、結構沢山弾いてあげた。何しろプリンスの先生に聴かせるのだから、ちょいと張り切るよね、やっぱ。

サリーとグラダの漫談に爆笑しつつ夜はふけていくのであった。







15.may  Sat

 朝に最後の街、シティ・オブ・レイクスという名のクラブ・メンバーの居るミネアポリスに移動。僕は別れを嘆いたりしないタイプのクールな奴な筈だけど、この日だけはブルーな気分になって別れの挨拶をしてたら思わず泣きそうになった。

 ジムとジニ−は他のクラブメンバーのような大金持ちでは決してない。でも、なんて言うかラヴリーなんだな、これが。ジニ−は耳が悪く70%くらいしか聴こえない。足も少し悪いので杖を持っている。ジムも自営のスタンプのシゴトも決してうまくはいってないと思う。そんな彼はミュージカルの指揮やアレンジ・ライティングなんかをしている。プリティ、というのが彼の口癖だ。

 別れの朝、オルゴールのコレクションを見せてくれた。ゴージャスでは無いけれど、箱を開けると暖かいスタンダートソングのメロディーが流れてきた。万華鏡やハンドペインティングの化粧箱。。彼がどういう人なのか僕は理解した。そして20年くらい前に彼が描いたドローイングを僕にくれた。

 別れの瞬間、ジニ−は僕を抱き締めキスして囁いた。『あまり別れを哀しまないで。今度いつかまたアメリカに来る時は私達はテキサスにいるわ。』

 俺は忘れないよ、超プリティなあなた達のことを…。

 待ち合わせのパーキングに行くと、最後のファミリーのカートとエリンが迎えに来てくれた。近くなのですぐに着いてマイナーリーグの野球を観戦した。皆、好き勝手に楽しんでいてメジャーよりもある意味面白い。1イニング終わると、いちいち可笑しなアトラクションがあって、今日はニホン人チームの試合だからか、空手の怪しげな演舞や和太鼓演奏なんかもある。ゲームのレヴェルが激低く、さすがはマイナーな雰囲気。外野席後方にはジャクジーがあって、風呂につかりながら観ている人も居たり、パーキングではバーベキューをしたりしている。なんか面白い。

 途中で僕らは帰ってひと休みしてから夜はパーティー。今日はカートの個人的友人を招いてのものらしいので、僕は適度に馴染んで話しを拝聴。スポーツ選手のセクハラの話題とかね。

 5歳と6歳の少女とギターを触って遊んだ。5歳のブロンドの少女が『ン〜〜〜』と言って僕に抱きついて、唇にちゅっ、とキスをして『うふふふ!』と微笑んでいる。それを見てたイタリア人のママは、『決してこの事を忘れちゃ駄目よ!』と言って笑ってた。何故か子供に妙にもてるんだよなぁ。。あぁ、今日はいろんなキスをした日だった。。

 夜はガンジーの映画を観ながら寝た。






16.may  Sun

 今日は部屋にオーディオがあるので目覚めに、ノラ・ジョーンズを聴いて和んだ。この感じ、こっちで聴くとほんとしっくりくるよね。。シャワーを浴びてコーヒーとフルーツやサラダを食べた。日曜版の新聞の厚い広告やコミックを眺めてから蚤の市へ。

 コーンとレモン・スカッシュを頬張りながら散策。美味しい。今日はカートの誕生日なので花を買った。帰ってギターをリヴィングで練習してたらカートが降りて来たので、一曲弾いてあげた。ニホン語の曲が聴きたいと言っていたので、友川かずきと中也のサーカスを、オルタナ・フォーク風に演奏してあげた。喜んでたねー。

 PCを借りてメールやネットのチェックをしてから、軽く昼食をとり、エリンの自転車を借りて、ひとりで散策に出かけた。エリンは石野真子に顔が似ている。前に遠くで行けなかったリンデール通り沿いのギター・ショップをチェックしてから、アップタウンまで勘で行った。レコ屋さんでイギリス版のゲンスブールのコンピや、ニホンでは入手しずらいトータスの初期アルバムを買ってから、隣のハイソなマーケットでタイのインスタント・ラーメンを購入。

 帰ろうと自転車で移動してたら、かなり行き過ぎたらしく、おもいっきり道に迷ってしまった。途中、パンク専門のお店で中学生か高校生くらいの子がライブイベントをしてたむろっている。しかし、あたりはメキシコ人だらけみたいな感じを過ぎると、今度は完璧に黒人しか居ない場所に出た。白人は何処にも居ない。ちょっとしたスラムだ。

 僕等は金持ちの白人周辺にしか滞在しなかったので、黒人はいったい何処に居るのか??と不思議には思っていたけど、、、、なるほど。。。住み分けが本当にはっきりしている。。。そりゃ、いいけど、かなり危険地帯だぞ、こりゃ。しかも雨まで降り出した。庭掃除をしている黒人のおっさんを捕まえて道を訊ねて、しかも携帯まで借りた。俺も買い物袋をさげて自転車に乗ってやって来た、へんなニホン人だ。でも内心かなり焦っているので、気にしていられない。それでも依然と所在不明な俺。

 マックに入って店員の黒人のおばちゃんにコークを頼み、席にいた黒人の少年に道を訊ねてやっと帰れそうな感じになって来た。あぁ、ほっとした。みんな親切で良かった。

 なんとか家に辿り着いて、濡れた服を着替えてパーティーへ。今日はTのホストのゲイリーの家。寿司に本物の焼き鮭に、焼きうどんにワイン。あぁ美味しい。さすが都会。カートの誕生日祝いにニホンのマンガとミシマの英訳本をプレゼントしてブルースを弾いてあげた。

 カートは僕と同じ歳なのだけど、センスが抜群にいい。そしていい声をしている。彼の英語の発音がこちらに来て聴いた中でベストだった。彼はドイツ系のファミリー出身だ。家にはドイツとオーストラリアをかけたシェパードのシドニーと、それに猫のリオとサンバ。

 さてさて、明日はカートのおかげで思いもかけぬ、超ハッピーな事があるのだ。ふふふ。クラプトンを聴いて寝た。







17.may  Mon

 schmitt musicという4代続く楽器商のオーナーのドグの案内で、朝からmusictechという音楽学校を訪問。オフィスの黒人女性はモータウンでダイアナ・ロスとシゴトをしていた女性だ。壁にプラチナム・ディスクが飾ってある。

 レコスタを一通り眺めたけど、たまたま時間外で楽器の授業が観れなかった。残念。そしてドグの経営する楽器センターの倉庫を見学。倉庫がばかでかい。ところせましと、スタインウェイが並んでいる。売り場の店員はプログレバンドのドラマーで、ぜひニホンに自分達をプレゼンしてくれ、とCDや資料をくれた。彼はニホンのオルタナ系ロックが大好きらしい。ギター・ウルフはいい!と言ってる。

 いろいろとギターやアンプを試奏してたら、ギブソンの黒のレスポールが欲しくなってきた。レスポールのわりには軽くて音もめちゃいい。交渉したら、ハードケース付きで半値以下の6万円ちょいのお値段。。ケースだけでも2、3万円の優れもの。元値も割安なモデルだけどニホンにはまだ未入荷で、しかもべらぼうな値引きなので、くらっ、と来た。交渉の全ての良いカードが揃ってた訳だけどね。友人価格。

 昼はこちらに30年以上在住されてるニホン人のピアノ教師の女性と、大学のピアノ教授の女性と一緒に会食。野菜のパスタを食べた。ドグの息子は14歳でオールドロックに夢中らしい。こっちは多いよな、そういう子。やっぱり田舎は何処も一緒。ジミヘンを聴きながらドライブ。めちゃいい感じ。

 午後はセント・ポールのオーケストラ・ホールのオフィスを訪問。ここは作家のフィッツジェラルドの生誕地でもある。ホールには彼に名がついている。その後、何故かジュエリーショップでロレックスの職人さんの仕事場を観た。途中、街の壁にラヴェルの『夜のガスパール』の楽譜が描いてある。ドグの親爺さんが描かせたらしい。

 夕方は、前に来たリゾート湖畔近くにある、今度こちらからニホンに来るメンバーのリーダーの家でパーティー。彼女は日本語がぺらぺらだ。子供の頃ニホンに住んでいたらしい。メンバーも全員来ている。ダニ−はまた新兵器をゲットしたらしく大きな画面でプレヴュ−できるPDAを手にしてる。

 さて、、、、、、

 ここからが本日のメイン・イベント。一度、家に戻ってからダウンタウンに出かけ、ファインラインというライブ・ハウスへ。今日はなんと!!大ファンのカーディガンズのライブだ〜〜〜〜!!!。

 前座のアコギのソロでの弾き語りが終わってカーディガンズが登場したのは午後10:30くらい。オール・スタンディングでステージにかぶりつきで観た。ほとんど、高校の学園祭のノリ。『次、あれやってくれ〜』と客が叫ぶとニーナ『次はね、こっち!』とか、そんな感じでライブが進む。

 チケットは850円。ニホンだと7000円払ってたよな。。850円!ギャラがちょっと心配ではあるけど。。とにかく沸きに沸いて盛りあがった。曲は全部新曲。カーニバルとか聴きたかったけどね。でも凄く良いライブだった。客層もスウェーデン系のキュートな女の子が多かったし、ニホン人も結構居た。ニーナが『スウェーデンの人いる? 私達はファースト・ジェネレーションよ!』と言ってた。そうだね…。それがアメリカだよ。アンコールは2曲。ピーターが弾いてたピックまでゲットするというミーハーぶり。あぁ、ロックな1日だった。







18.may  Tue

 朝までニホンに送る荷物の整理をしていて結局、1時間して寝てない。途中、リオが何度も部屋に入ろうと、にゃぁ、にゃぁ、鳴いてきた。シャワーを浴びて少し休んで、早朝からミネアポリス市長に会見した。ミュージアムをひと通り観た後、絵はがきなんかを買った。ここは小麦製粉会社のヒストリーメモリアルの博物館らしい。廃虚をそのままリメイクして建築されている。マスコットのポッピン・フレッシュというキャラが可愛い。

 昼は僕のリクエストでダウンタウンのニューデリーという店で、ビールとインド料理を食べた。めちゃ旨い。いったん家に戻って和んだ後、フェアウェル・パーティーへ。

 皆、感動していた。最後の演奏をしたものの、どういう訳か僕ひとりスピーチができず、おいおい‥、と思ったけれどよく考えると、それも俺らしくていいとも思った。涙の別れなんて俺はほんと苦手だからさ。

 皆と離れて、ひとりで外の広大な敷地のグリーンの上で、ジニ−がくれたマルボロを吸いながら、僕は寝転がって雲ひとつ無い空を眺めた。夕日が綺麗だ。でももう午後9時をまわっている。

 背の高いヒッピーあがりっぽい、おっさんがやって来て言った。



 『皆、こんな風にして、友と別れていくのさ。』

  『あのさ、俺の父は昔の戦争中、若くして友を亡くしたんだ…。でもさ、今は君達と俺は友人だな…。。これ、ニホンではたんぽぽ、って言うんだけど、英語ではなんて言うんだ?』

 『dandelion. 他の草は皆、緑色なのにこいつだけは、めかしこんでダンディにしてるからダンデリオン。でもこいつは根が深いんだ。6フィートもあるんだ。ディープなんだよ。』

  『あははは。そうだね。クールなやつだ。まるで俺だ!ひとりでかっこつけてクールで、ディープで、奇妙にダンディで、そして、ふわっ、と飛んでいく。まったくクールだ…。』

 『あぁ、ちょいとクールだな。』

空は限りなく青い。怖いくらいに広く青い。。。。  ほんとに、、、、クールだ。。。




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